私が見るもの–間と記

Day 1  2026.4.14

京都の同時代ギャラリーでの展示が始まる。
初日は、ギャリーを空にしてもらって、空のスペースだけの展示とした。
世田谷美術館を思い出しながらの設営
(と言っても作業はすべてギャラリーの方がしてくれた)。
昨年の世田谷美術館での展示は、
横尾忠則さんと、小坂恵子さんに挟まれて展示だったことが懐かしい。
お二人は元気にしているだろうか。

ひとりぼっちで、遠い京都という土地。
なんだか真っ白い中からの再出発のようでもあるが、いろいな蓄積も感じる自分と場所。

寂 –「死ぬのはいつも他人なり」
突然亡くなった、新田さんへのトリビュートにもなったのかもしれない。

Day 2  2026.4.15

まずは、言葉を置きたいと思う
方向を示すための言葉を書いて正面に貼る事にした。

Pause & Notation
間と記

Seeing does not begin with meaning.
見ることは、意味から始まらない。

Something stirs the body.
何かが揺れる。

A feeling emerges.
感覚が立ち上がる。

Not yet thought.
まだ思考ではない。

The images remain here―
写真は、ここにとどまる

before seeing becomes meaning.
見ることが意味になる前に。

東京から遊びきてくれた、マサさんが
名前が書いてあったほうがいいと教えてくれたので
メモ帳に名前を書いて貼った

Day 3  2026.4.16

雨が降っていた

アメリカの大学の授業も終わりつつあり
片付けをしていると
先学期に学生達から頼まれて作った小冊子が出てきた
今回の展示のきっかけとなるものだ

オープン初日の夜には
PURPLEでマスターをすることになっており
その告知ビジュアルが
こちらも教室で作りテストプリントしたものだった
ボロボロになったテストプリントが出てきたので
こちらも展示した

東京からモエさんが遊びにきてくれた
スペイン語、英語、日本語で、
ご自由にご覧くださいと
メモに書いてもらい
貼ってみる

このギャラリースペースの前は
沢山の人が通り過ぎる良い場所だ
通り過ぎる人は、外国の人が多い

この記事を書いた人

シンヤB

アーティスト、教育者、ドラマトゥルク。詳しくは、プロフィールをご覧ください。