心理的安全性

(1行ブログ)

先日書いた、「『我々』対『彼ら』という構造」の続きとも思える記事に出会ったので記しておきたい。

ものくろキャンプのコミュニティでも活動していらっしゃる、ストレスマネジメントの専門家、本間 季里さんの「チームの生産性を左右するもの:プロジェクト・アリストテレス」という記事に、心理的安全性という考えかたが書いてあった。

“心理的安全性” の続きを読む

意識と潜在意識の「途中」

(1行ブログ)

毎日のように書き始めるより前のことだが、自分がブログに書きたい事柄と、自分が読んでもらいたいと思っている事柄が違うことが、ブログが進まない要因のような気がしていた。

“意識と潜在意識の「途中」” の続きを読む

「我々」対「彼ら」という構造

(1行ブログ)

組織の中で、なんだかうまくいってないなと感じて、組織のことを考えるとき、最近、気になるのが、他の人が語る、上と下とか、会社と自分とか、そういう感じの、他人の中にある構造の存在。

“「我々」対「彼ら」という構造” の続きを読む

ピコっとな

(1行ブログ)

ここにところ、
仕事で、
書くのが大変というか、、

説明する必要を感じたので長い文章となってしまうメールの返事を書くことが続いてあった。

ここにのところというか
前から、ちょこちょことある

そろそろ50歳で社会人なのだから、あたりまえといえばあたりまえなのかもしれない

そう仕事だから書いているのだが
なんだかもったいない気持ちになっている

そういう文章は、一瞬に、とてもごく少数の人にしか読まれない「価値」のものだから

“ピコっとな” の続きを読む

すべてがすべてであるかぎり、アートにはやどらない

(1行ブログ)

火曜日は、大学がスケジュール調整日として休講扱いだったので、アート学科の学生たちと、銀座で展示巡りをした。帰りに「アートは、どこにあるのか?」という言葉がふってきたので、ヨガスタジオに向かう電車の中で1行ブログを書き始めた。

“すべてがすべてであるかぎり、アートにはやどらない” の続きを読む

アル・ジャロウさんの悲報をチャーリー・ヘイデンさんから聞く

(1行ブログ)

昨年から、自分の学生時代(13~23歳ぐらい)の憧れの音楽家が来日したらみにいこうと決め、ちょくちょくみにいっている。

アル・ジャロウさんも、そんな音楽家の一人で、来日したらみたいと思っていた音楽家。彼は、ジャズ歌手だが、楽器のように声を操る人。

今朝、チャーリー・ヘイデンさん(彼もすでに亡くなっているが、、)が、RIPとポストをして、亡くなったことを知った。

“アル・ジャロウさんの悲報をチャーリー・ヘイデンさんから聞く” の続きを読む